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星野ネバサレ野球2年目の結実へ | ||||
10数年前に戻った2年目星野「一体となり、前に進む」ため選手と積極対話
「オレはな、あの時、もし監督になるなら、この人のようになりたいな、と思ったな」。太平洋に沈む夕日に目を向けながら、星野監督は33年前のことをなぜか思い出していた。 数日前、安芸某所で星野監督とティータイムを楽しんだ。その時、目指す監督の理想像を口にした。33年前といえば明大からドラフト1位で中日に入団したルーキー時。そのシーズン中盤、先発星野は早々とKOされ、その悔しさで投手コーチにこう伝えた。「明日、もう1回先発させてくれ」と。すでにあとの先輩投手のローテーションは決まっていた。投手コーチは即刻、星野の直訴を却下したが、一応は監督の水原茂に報告した。 すると水原監督は「明日の先発は星野でいけ」と言った。翌日、気合の星野は力投、完投したが1―2で負けた。ロッカーでうつむき、投げさせろと言いながら勝てなかった自分を責めていたその時、視界にシワの寄った手が見えた。「ご苦労やったな」。水原監督はひと言だけ残し、その場から消えた。 「責められることもなかった。自分のワガママでひとつ負けが増えたのに。その時や。これや、こんな人についていこうと思ったんや」。 チームが強くなるには、こんな監督がいて、前に突き進む選手が多くいることが必要と知った。だから40歳で中日の監督に就任した87年、星野監督は選手との距離を詰めた。例えば練習日、スタート前の全体ミーティングで星野監督は「〇〇と△△は真ん中へ」と呼び「きのうの夜は女性とデートしたか」と聞く。呼ばれた選手はみんなの前で正直に告白。笑いと拍手と親密感が一度に沸いて練習に入る。そんな方法を取った。 「恥ずかしさなんかなく、前に向かうチームだった。だから強いのはわかるだろう」。阪神もそんなチームにしたい。だから先日も食事中の関本や藤本の席に加わり、世間話をした。阪神監督2年目の変化。「一体となり、前に進む」ために、星野監督は10数年前に戻った。 キャンプ打ち上げ。満足度は「7分やな」と答えた。残り3分、まだ選手は完全に前を向き切れていないのである。 【内匠宏幸 編集委員】
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2003年2月26日付紙面掲載
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