星野ネバサレ野球2年目の結実へ


変貌阪神で静かに闘志燃やす33歳・久慈

今年は優勝や

「優勝するにはどうあるべきか若手に教えたい」

 合同自主トレ最終日。宜野座村野球場の三塁に因縁の2人が立ち、ノックを受けていた。矢野と久慈。97年オフ、交換トレードが阪神と中日の間で成立。2人はその要員として古巣を離れた。その後の2人の道は対照的な軌跡を辿った。

 矢野は阪神の正妻の座をつかみ、いまや看板プレーヤーの1人となった。一方の久慈は99年こそ星野中日の優勝に貢献したものの、それ以降は故障もあり下降するばかり。ついに昨年オフ、中日を自由契約になった。

 トレードから5年、久慈は阪神に「拾われて」戻ってきた。そこで矢野との対面。トレード要員同士が、今度は同じ釜の飯を食う。「プロ野球とはそんな世界。矢野さんにはなにかと声を掛けてもらい、世話になってます」と33歳になった久慈はつぶやいた。強くするための補強は、時には当事者をどん底に落とす。久慈はいまも97年のあのトレード通告を鮮明に覚えていた。

 「その年の最終試合が終わり、たまたま観戦に来ていた女房と、試合後食事に行こうか、と車に乗った瞬間、携帯が鳴って」。阪神球団関係者から今すぐ神戸のホテルに来てくれ、との連絡。それで初めてトレードに出されることに気がついた。6年間、バリバリのレギュラーを張ったオレが、なんでや。「ショックというのか、落ち込んで。あの悔しさを忘れた事がない」。そう振り返ったが、再び、帰ってきた運命に、久慈の心は静かに燃えたぎる。

image

 最高9000万円に届いた年俸は3分の1以下の2500万円にまで落ちた。「でも、中日に行って優勝する喜びと大変さを知ったのが、僕の財産。阪神で6年、レギュラーだった時は自分の成績を先に考えていたけど、いまは違う。チームが優勝するには、自分はどうあるべきかを考えるようになった。これをいまのタイガースの若手に教えたい」。阪神で新人王になった輝きは薄れた。ただ今季の最大の激戦区であり、最大の弱点ともいえる遊撃手に、33歳がレギュラー獲りに静かに手を挙げた。

 「子供が生まれたばかりで、女房はまだ名古屋なんです」。古巣に帰っても、しばらくは単身赴任。その寂しさより、久慈は生まれ変わった阪神に身を置くうれしさに浸っている。「だってそうでしょう。僕から見てもすごい補強ですごいチームになった。これで巨人にやられたら、シャレになりませんよ」。久慈の証言こそ変貌阪神を表している。

<写真=内野ノックを受ける久慈。左は矢野=宜野座村野球場>

【内匠宏幸 編集委員】


2003年1月31日付紙面掲載 


[今年は優勝や 目次]
阪神 | 中日 | カープ | 関西情報 | レジャー特集 | ライブラリーINDEX
野球 | MLB | サッカー | スポーツ | バトル | 芸能 | 社会 | 競馬
Home